布に描く仕事は私にとって大きなチャレンジになりました。

今回発表された、新作エプロン“MU-SU-BU”シリーズ。
その最大の特徴である楽しいイラストを描いてくださったのは、人気イラストレーター・谷山彩子さんです。



Ayako Taniyama
Illustrator

谷山さん(以下、敬称略) これまでは雑誌や広告、本の装丁など紙モノの仕事ばかりで、布に描くのは本当に初めてです。ですから最初にお話をいただいた時は、「どうして私に?」と不思議でしたよ。誰の紹介もない突然の依頼メールでしたし、失礼ながら「ちょっと怪しい…」なんて疑ってしまいました(笑)

SEVEN (笑)ぶしつけなお願いで、本当に失礼しました。ただ、谷山さんの絵が求めていたイメージにあまりにぴったりだったので、すっかり興奮して「思い切ってお願いするしかない!!」と勢いでメールしてしまったんですよ。

谷山 確かにそんな雰囲気のメールでしたね。「布に描く」ということだけは何とかわかりましたが、「どういう絵を」とか「いつまでに」とか「何点」とか、細かいことは何も書かれていない(笑)。あんまり変わった依頼なので、逆に興味が湧いて、連絡してみようと思ったんですよ。もっと普通に理路整然とお話をいただいていたら、「布は未経験なので…」とお断りしていたかもしれません。


描くことが他者とのコミュニケーションになる。

SEVEN 未経験ということで言えば、イラストを中心に据えたユニフォームというのは、弊社にとっても未経験だったんですよ。でも、介護施設や保育所などでリサーチしてみると、施設内を飾っている何気ない絵や柄が、じつは驚くほど人の心を癒し、明るくしていることがわかったんです。それなら、働く人のエプロンにイラストをつけたら、もっと楽しいコミュニケーションが生まれるんじゃないか!?そんなふうに考えて始まった企画でした。

谷山 コミュニケーションのためのイラストというのは、私にとってはとても意外性のある発想だったんです。ふだん印刷物のお仕事をしている時は、編集者などつくる側の人たちとはもちろん話し合いますけど、その先にいる読者とのコミュニケーションって、じつはほとんどゼロなんですよ。だから自然、私も内輪の人が気に入るような絵を描くようになっていた。でも今回、エプロンを使う人の姿や見る人の表情を想い浮かべながら描いているうちに、「こんなふうにイラストを通して、知らない人とコミュニケーションすることもできるんだ!!」と初めて気づくことができました。とても嬉しい体験でしたね。


あまりに自由な仕事で癖になってしまいそう(笑)

SEVEN 他にも今回のお仕事について、普段の紙モノのお仕事と違ったことはありましたか?

谷山 モチーフ選びも描き方も、すごく自由にさせていただけたことですね。雑誌の挿絵やポスターのイラストというのは、「言葉で伝えにくいことを絵でわかりやすく説明する」という役割を担うことが多いんですよ。ダイレクトな図説もあれば、イメージ的に匂わせるものもあるけれど、いずれにせよ描くべきものは大体決まっていて、既定のゴールに向けて描くことが多い。だから今回も、「素材が布になるだけで、どうせ決められたモチーフを描くんでしょ!?」と高をくくっていたんですね。ところが実際にお話を伺ってみると、あまりに何の制約もないのでびっくりでした。

SEVEN こちらとしては、谷山さんの絵が気に入ってお願いしたんですから、まずは自由に描いたものを見せていただきたいと思ったんですよ。それで「すべて『おまかせ』で…」とお願いしたんですが…

谷山 でも普通は「おまかせ」と言っても、「実際はこれくらいまでで…」という暗黙の了解があるものでしょう!?それが今回は、お話を聞けば聞くほど完全に「自由」。初めは少し戸惑いましたが、結局は最高にのびのびと描かせていただきました。ただし、その反動で最近は「こういう感じで描いて!」というお仕事が来ると、「私の自由にやらせてヨォ!!」とか思うようになっちゃって、ちょっと困っているんです(笑)


自分の絵が布や製品になる…他の仕事にはなかった喜びです。

楽しいイラストが特徴のエプロン“MU-SU-BU”。
今回は描かれた谷山彩子さんご本人に、各々のモチーフを選択した理由や、それにこめた想いなどを伺いました。


子供にもわかること。使用する人を選ばないこと。

SEVEN PRESS(以下、SEVEN) 今回のエプロンのイラストは、モチーフの選択から描き方まですべて谷山さんお任せしてしまいましたが、具体的にどんなことに注意して作業を進められたんですか?

谷山さん(以下、敬称略) 布というのはこれまで私がやってきた雑誌や広告と違い、実際に生活で使われるものですから、そこに描くイラストは気に入ってもらうより以前に、まず邪魔にならないことが大切だと思ったんですよ。「うるさくない」「飽きがこない」ということには、かなり気を使いましたね。

SEVEN なるほど。それで結局、3パターンのデザインをつくっていただきましたが、これらは各々どんなイメージで描かれたのでしょう?

谷山 介護施設や保育園で使われることが多いと伺いましたので、まずはそうした場で会話が広がるようなモチーフを使おうと思いました。お年寄りや小さな子供たちと、働くスタッフ…。歳の離れた人たちがコミュニケーションできるものは何か?例えば、木々を飛び回る野鳥を描いた「KO-TO-RI」は、幼稚園で使われる様子をイメージしながら描きました。

SEVEN 確かに子供たちが喜びそうな楽しいモチーフですが、谷山さんのタッチだと過度にファンシーになりすぎない。仮に年配の男性スタッフが身に着けても、不思議なほど違和感がないですよね。


伝統の品をモダンに。日本文化をさりげなく表現。

SEVEN 次に「SO-BA」。これは蕎麦猪口がモチーフですが、「和を意識した柄もつくってほしい」という、こちらの要望を入れていただいたものですね。

谷山 そうなんですが、それだけでもないんですよ。私、自分が布の仕事をするとは思っていなかったけれど、もともとファブリック(=布)が大好きだったんですね。それで、「こういう布があったら素敵だろうなぁ…」なんて勝手にイメージしていたのが、じつはこの蕎麦猪口の柄だったんですよ。

SEVEN ただ、その蕎麦猪口の柄も、最初にご提案いただいた時は非常にオーソドックスな、よくある蕎麦猪口の柄でしたよね。それはそれで悪くなかったけれど、何度か描き直されるうちにどんどんオリジナリティが増して、最後は谷山さんにしか描けない蕎麦猪口になった…。その過程がすごく面白かったです。

谷山 蕎麦猪口って渋く見られがちですけど、民芸品みたいに収まり返った感じじゃなくて、モダンな雰囲気にも応用できそうだと思ったんですよ。お年寄りとか渋好みな方ばかりでなく、若い人も気軽に使える感じに。Marimekko(フィンランドのブランド)なんかの絵柄を見ると、現代的な中にも北欧の文化や伝統がしっかりと読み取れるでしょう。そんなふうに蕎麦猪口の柄を使って、日本文化をさりげなく表現することができないか…そんなことを考えて描きました。


大好きな「朝」と「食」を布一面に並べました。

SEVEN 「O-HA-YO」の場合は「エプロンなので食をイメージしたパターンも…」とお願いしたら、「じゃあ朝食のイメージで…」ということになりました。谷山さんは朝がお好きなんですか?

谷山 一日の中で朝が一番好きです。おろしたてのシャツのようにパリッとした朝の空気が好きで、イラストの仕事も朝から始めて日没までに終わらせているくらい。それと、食べることや料理することも大好きなので、ここでは朝食を思わせる品々を目一杯並べて描くことにしました。お年寄りにも小さな子供にもわかりやすいモチーフばかりだし、エプロンを着けたスタッフさんたちと「コレな〜んだ?」なんて会話ができたら楽しいだろうなぁ…と思って。

SEVEN 3パターンとも、完成までに何度も考え直したり、描き直したりされていましたが、最終的にできあがったものを見て、どんなご気分ですか?

谷山 やっぱり、ひとしおですね、感激が。描いた物が布になり、製品になっていくのは、これまでのイラストのお仕事にはなかった未知の喜びでした。ただ、この3点はこの3点で素敵なものになりましたけれど、「もっと抽象的な絵でもよかったかも…」とか、「もう少しかっこいいタイプもつくりたい…」なんて想いもどんどん湧いてくる。できた途端に、すぐ「次は…」という欲が出てくるんですよね。


製品に描くことで気づいた。絵って伝わることが大事なんだ!!

新たな発想から生まれたエプロンシリーズ”MU-SU-BU”は、
イラストを担当された谷山彩子さんのコミュニケーションに対する考え方にも、変革をもたらしたようです。


天気の話に次ぐくらいエプロンの話をしてほしい。

SEVEN PRESS(以下、SEVEN) 苦労してお描きいただいたイラストが、ようやくエプロンになりましたね。ご覧になった方からは、どんな反応が?

谷山さん(以下、敬称略) いいものができたとは思っていましたが、見る人がどう捉えるか、正直不安もありました。私自身ふだん物を買う時は、柄物は滅多に買わないし、「この柄がなければいいのに…」なんて思うことも少なくないので…。でも今回は、ご覧になった方たちが、みんな「すごく可愛い!!」と言ってくださって、本当にホッとしました。

SEVEN 製品のテーマとなっている「イラストによるコミュニケーション」という点でも、じゅうぶんな手応えがあったようですね?

谷山 ご覧になる方は皆さん、何が描いてあるのか興味を持ってくださいますし、描いてあるものについて口々に感想を言ったり、話し合ったりしているのを見ると、「絵ってちゃんと、コミュニケーションのツールになるんだな!!」と改めて感じられます。

SEVEN 実社会のいろいろなお仕事の現場でも、このエプロンをきっかけにして、コミュニケーションの輪が広がってくれると嬉しいですよね。

谷山 本当に是非、「お天気の話の次はエプロンの話」というぐらいに(笑)。話のネタに詰まった時は「ああ、エプロンがある!!」と思い出して、どんどん利用してもらえたら最高です。


イメージ重視の抽象画からストレートに伝わる絵へ

SEVEN とても意外ですが、谷山さんはこれまで絵やイラストによるコミュニケーションを、あまり重視しておられなかったとか…
谷山 長年イラストレーターとしてやってきましたけど、正直言ってしまうと「絵なんて意味を持たない、ただのにぎやかし」ぐらいに感じていたと思います。「そんなものを、なんでいちいち私に頼んでくるの?自分で描けばいいのに…」と(笑)。たぶん、絵を描くプロという意識すら薄かったんだと思います。だから今回、このお仕事を通して「絵って伝わるんだ!!」と気づくことができて、貴重な勉強をさせていただいたと本当に感謝しているんです。


SEVEN では、今回の仕事の前と後では、表現の方法などにも何か変化が表れてきましたか?
谷山 かなり大きく変わったと思います。私はこれまで紙モノの仕事ではイメージ的というか、抽象的というか、「何かわかんないけど…いいヨネ…」みたいな、あえてわからないような見せ方をすることが多かったんですね。でも、今回のお仕事で「絵って伝わるのが大事なんだ!!」と強く感じてからは、変にぼやかしたりしない、シンプルで明解な表現もするようになりました。もう「こんなにわかっちゃっていいの!?」というくらいストレートに(笑)

せっかく描いたものなのにしまい込むのはつまらない。

SEVEN 描きたいモチーフにも、何か変化が出てきましたか?
谷山 変化というほどではないかもしれないけれど、「O-HA-YO」のエプロンに描いた朝食風景のような、日々の暮らしをもっと描きたいと思うようになりました。これまで自分はごく普通だと思っていたんですが、まわりを見渡してみると食にせよ料理にせよ、どうやら私は日常を人一倍楽しんでいるみたいなので(笑)、どうせならこのせっかくの楽しさを、絵でお伝えできたら…と思っています。
SEVEN 昨年末に開かれた個展(「カケラノカタチ」2012年11月開催)でも、今回のエプロンとの繋がりを感じさせる展示が数多く見られました。
谷山 完成品のエプロンはもちろん、サンプルにいただいた布や、制作過程で描いて使わなかった絵まで展示しましたから。今回のお仕事の後、「せっかく描いたものを、ただしまい込むのはつまらない」と思い始めたんですよ。見たい方にはどんどん見せて、何かを感じてもらう…そういうコミュニケーションこそ、イラスト本来の役割だと思うようになりました。
SEVEN そう聞くと、コミュニケーションエプロン“MU-SU-BU”の次期シリーズが待ち遠しくなります。
谷山 私も待ち遠しい!!新しいモチーフやアイデアは、どんどん湧いて困っているくらいなんですから(笑)


谷山 彩子 Ayako Taniyama

Profile:イラストレーター。1966年・東京生まれ。セツモードセミナーを卒業後、HB GALLERYに勤務するが、1995年には同ギャラリーで個展を開催し、絵本も出版する。1998年にはフリーとなり、2005年には有限会社タニヤを設立。以後は個展開催や絵本出版と並行して、多くの書籍、雑誌、広告などにイラストを提供している。東京イラストレーターズソサエティ(TIS)会員。

Photograph by 上牧佑